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「親の介護は子がすべき」という思い込みが親子関係を壊す理由【介護福祉士が解説】

「親の介護は子がすべき」という思い込みが親子関係を壊す理由【介護福祉士が解説】

こんにちは、なっちゃんです!今日もいっしょにキラっと行こっ♪

いつもは美容や健康のお話をしているんですけど、今日はちょっと違うテーマでお話しさせてください。実は私、介護福祉士として働いていて、たくさんのご家族を見てきました。そこで感じた、とっても大切なこと。

それは「親の介護は子がしなきゃいけない」っていう固定観念が、どれだけ親子関係を壊してしまうか、ということなんです。

今日は、ある架空のご家族のお話を通して、この「しなきゃ」の怖さについて一緒に考えていきたいと思います。

先輩方にも、そのご家族にも、きっと響くお話だと思うんです。


第1章:「しなきゃ」が始まった日

良子さんと娘・美穂さんの物語

良子さん(仮名・75歳)は、明るくて社交的な女性でした。地域の婦人会にも積極的に参加して、お友達もたくさんいらっしゃいました。娘の美穂さん(仮名・48歳)は、フルタイムで働きながら、高校生の息子を育てるシングルマザー。

良子さんが軽い脳梗塞で倒れたのは、2年前の春のことでした。

幸い大事には至らず、リハビリで日常生活はほぼ戻りました。でも、以前のようには動けない。物忘れも少し増えた気がする。そんな母を見て、美穂さんは思ったんです。

「私がちゃんと面倒を見なきゃ」

世間の目と心の中の声

美穂さんの職場では、こんな会話が聞こえてきました。

「親の面倒も見られないなんて、子どもとして失格よね」
「施設に入れるなんて、かわいそう」
「やっぱり子どもが看るのが一番よ」

テレビでも、雑誌でも、「親孝行」「家族の絆」「介護は愛」という言葉が溢れていました。美穂さんの心の中で、小さな声がどんどん大きくなっていきます。

「私がしなきゃいけない」
「母を施設に入れたら、冷たい娘だと思われる」
「仕事を辞めてでも、介護するべきなんじゃないか」

実は私、介護の現場でこういうご家族をたくさん見てきました。最初はみんな、「ちゃんとしなきゃ」って頑張るんです。でもね、この「しなきゃ」が、後に大きな問題を生むんです。


第2章:崩れていく日常

仕事、家庭、自分の時間…すべてを削る日々

美穂さんは、ケアマネジャーさんに相談して、週2回の訪問介護サービスを入れました。でも、それ以外の日は自分で母の様子を見に行くことに。

朝6時に起きて、息子のお弁当を作る。
7時に母の家に寄って、朝ごはんの準備と服薬確認。
8時に出勤。
仕事を早退して、夕方また母の家へ。
夕食の準備、入浴介助、就寝確認。
帰宅は夜9時過ぎ。

息子との会話は減りました。職場では「また早退?」という視線を感じます。友達との約束はすべてキャンセル。自分のための時間なんて、1秒もありません。

母のプライドが傷ついていく

一方、良子さんの心の中にも変化が起きていました。

娘に着替えを手伝ってもらう。
トイレの世話をしてもらう。
「お母さん、これ食べて」「お母さん、薬飲んで」と指示される日々。

「私、いつから子どもに戻ったんだろう」

良子さんは、娘に世話をされることが、だんだん辛くなっていきました。以前は対等に話していた娘が、今は「介護する人」と「される人」という関係になってしまった。

お友達との婦人会も、「娘に迷惑かけるから」と断るようになりました。外出する気力も、おしゃれをする気持ちも、どんどん失われていきました。

私ね、これが一番悲しいんです。先輩方が「自分」でいられなくなっていく瞬間。親としてのプライド、一人の人間としての尊厳が、少しずつ削られていくのを見るのが。


第3章:「親」から「介護対象」へ

イライラと怒りの始まり

美穂さんの疲労は、限界に近づいていました。

ある日、母が何度も同じことを聞いてきました。
「今日は何曜日?」
「さっき教えたでしょ!水曜日だって!」

美穂さんの声は、いつの間にか怒鳴り声になっていました。

母の食べこぼしを見ては、イライラ。
母が夜中にトイレで失敗すると、ため息。
「なんで私ばっかり…」という気持ちが、心を支配していきました。

「お母さん」が見えなくなる瞬間

美穂さんの目に映る母は、もう「お母さん」ではなくなっていました。

幼い頃、優しく抱きしめてくれた母。
進路に悩んだとき、背中を押してくれた母。
離婚して落ち込んでいたとき、「大丈夫よ」と言ってくれた母。

そんな母の姿は消えて、目の前にいるのは「世話が必要な高齢者」だけ。

「介護しなきゃ」という義務感が、母への愛情を上書きしてしまったんです。

私、これを「関係性の崩壊」って呼んでいます。親と子という、長年積み重ねてきた関係性が、「介護する人・される人」という関係に置き換わってしまう。これって、両方にとって本当に辛いことなんです。


第4章:壊れていく二人

美穂さんの心と身体の悲鳴

半年後、美穂さんは会社を休むようになりました。

朝、起き上がれない。
頭痛、めまい、吐き気。
心療内科で診断されたのは、「適応障害」でした。

「お母さんの介護をしなきゃいけないのに、私が倒れてしまった」

美穂さんは自分を責め続けました。でも身体は正直です。「もう限界だよ」って、悲鳴をあげていたんです。

仕事は休職。収入が減って、経済的にも苦しくなりました。息子は「ばあちゃんのせいで、お母さんがおかしくなった」と言い始めました。

良子さんの孤独と絶望

良子さんも、変わっていきました。

娘の疲れた顔を見るたび、罪悪感でいっぱいになります。
「私がいなければ、この子は幸せなのに」
「私は、もう生きている意味がないんじゃないか」

食事も喉を通らなくなりました。夜も眠れません。表情から笑顔が消えて、「早くお迎えが来ないかな」とつぶやくようになりました。

これが、「しなきゃ」が壊した親子の姿です。

私ね、こういうご家族を見るたび、胸が締め付けられます。どちらも悪くないんです。美穂さんは、一生懸命頑張った。良子さんも、娘に迷惑をかけたくなかった。

でも、「子が親の介護をしなきゃいけない」という固定観念が、二人を追い詰めてしまったんです。


第5章:「しなきゃ」を手放す勇気

ケアマネジャーとの出会いで変わった未来

美穂さんの状況を知ったケアマネジャーさんが、改めて面談の時間を作ってくれました。

「美穂さん、よく頑張ってこられましたね。でも、もう十分ですよ」

その言葉に、美穂さんは涙が止まりませんでした。

ケアマネジャーさんは、こう続けました。

「介護は、プロに任せていいんです。美穂さんは、美穂さんにしかできないことをしてあげてください。それが、お母様にとって一番嬉しいことだと思いますよ」

新しい親子関係の始まり

ケアマネジャーさんと相談して、良子さんはデイサービスを週3回利用することになりました。そして、ショートステイも月に1週間。美穂さんは、介護の実務から少し離れることにしました。

最初は罪悪感もありました。でも、変化はすぐに現れました。

良子さんは、デイサービスで新しいお友達ができました。職員の方々とおしゃべりを楽しんで、笑顔が戻ってきました。「介護される娘の前の私」ではなく、「良子さん」として過ごせる時間ができたんです。

美穂さんは、母との時間を「質」で考えるようになりました。

週末、二人で昔よく行った喫茶店に出かけました。
母が好きだった演歌歌手のDVDを一緒に観ました。
「お母さん、あの頃は楽しかったね」と、思い出話に花を咲かせました。

オムツ交換も、服薬管理も、プロがやってくれる。だから美穂さんは、「娘」として母と向き合えるようになったんです。

本当の親孝行とは

半年後、良子さんは美穂さんにこう言いました。

「あなたが笑顔でいてくれることが、私の一番の幸せよ。あなたが倒れてしまったら、私は生きていけない」

美穂さんも答えました。

「お母さん、ごめんね。私、間違ってた。お母さんを『介護対象』として見てた。でも今は、ちゃんと『お母さん』として見えるよ」

二人は抱き合って、たくさん泣きました。

私ね、この後日談を聞いたとき、本当に嬉しくて。これが、「しなきゃ」を手放した先にある景色なんだって。


なっちゃんから先輩方へ

先輩方、今日は重たいお話になってしまいました。でもね、どうしても伝えたかったんです。

「親の介護は子がしなきゃいけない」なんてこと、ないんです。

介護はプロに任せて大丈夫。施設を利用することは、裏切りじゃない。むしろ、親の尊厳を守るための選択です。

子どもにしかできないことは、介護の実務じゃありません。

一緒に笑うこと。
昔話をすること。
「ありがとう」を伝えること。
親を「親」として、最後まで尊敬すること。

それが、本当の親孝行なんじゃないかって、私は思います。

もし今、介護で悩んでいるご家族がいたら、どうか「しなきゃ」を手放してください。罪悪感も、後ろめたさも、捨てていいんです。

プロの力を借りて、親子の関係を守ってください。あなたが笑顔でいることが、親御さんにとって一番の幸せなんですから。

今日もいっしょにキラっと行こっ♪


【なっちゃんの介護メモ】

  • 介護は「愛」じゃなくて「技術」。プロに任せるのが一番!
  • 子どもの役割は、親を「親」として尊重し続けること
  • 罪悪感より大切なのは、親子関係を守ること
  • ケアマネジャーさんは、家族の味方です。何でも相談してOK!

この記事が、誰かの心を少しでも軽くできたら嬉しいです。
なっちゃん